こんにちは。アメリカで不動産エージェント兼コンサルタントとして働く佐藤です。
先日ウォルマートに買い物に行った時の話。
買い物を終えて駐車場で車に乗り込んでいる時、運転席から前方の窓ガラスの5メートル程向こう側に子供を抱えた女性が目に入りました。
最初はちらっと目に入っただけですぐに車に乗り込み、荷物をおいてエンジンをかける準備をしていたのですが、
目は合わせずともさっきの女性が運転席でゴソゴソしている私(佐藤)をジーっと見ている視線をはっきりを感じていました。
「これは来るだろうなー。。」
と思っていると案の定、エンジンをかけると同時にツカツカと運転席の窓側まで来て、窓ガラスをコンコンと叩いてきました。
最初から先が読めたのですが、オートウィンドウを下ろすと
- お金に非常に困っていること
- 自分でもこんな物乞いをするのは恥ずかしい
- なりふりかまっていられないことを許してほしい
- 朝から子供も何も食べていない
- たった今の危機を助けてほしい
- (お金に限らず)何でも助けになるものはありがたい
等など、自分と抱きかかえる子供の窮地を訴えてきたのでした。
アメリカではよく道路の交差点で物乞いのホームレスを見かけます。もちろんそのような境遇の彼らに一定の同情はしますが、厳しい言い方をすれば「選ばなければ仕事はある」のです。
とりわけ移民でもなくアメリカ市民であれば職を得る条件は十分にあるわけで、障害を持たない限りは日々をつなぐ職にはつけますし、自分次第で必ず自活できるレベルには這い上がれるものです。
そんなわけで私(佐藤)は通常は物乞いをしてくるホームレスにはほとんど施しをすることはありません。話しかけられれば働くように言いますし、自立させるのが本当の愛情というものだからです。
ただ、子供を見せられるとダメですね。。
2歳くらいに見えた先の子供は私に窮状を訴える母に抱えられ、見知らぬアジア人男性(佐藤)のことを純粋無垢な目でジーっと見つめています。
汚れた服を着て、やや泥のついたほっぺたの上の眼(まなこ)からは何の目論見も感じられず、何が起こっているのかも分からず純粋に見つめてくるだけ。
子供に罪はなし。私(佐藤)も同じような年齢の子供を持つ人の親です。
どうにも感情移入してしまい、次の瞬間には財布の中にあった札束全部を握りしめて母親に渡してしまいました。。
格差社会の行く先
このような子供を目にする度、この現状はなんとかならんものかねと強く思います。
いわんや、日本で生まれ育って私たちは本当に幸せです。
今でこそ日本でも格差がどんどん広がりつつありますが、私(佐藤)が子供のころは一億総中流時代と呼ばれて国民一人ひとりが自分の家が中流以上である自覚がありました。
事実、統計的には日本の義務教育就学率は100%であり、高校への進学率も97.5%です。これを当たり前と考える人も多いと思いますが、世界に出れば決してそんなことはありません。
ただし、資本主義の社会はマルクスも指摘していたように行き先に起こる現象は似ているように思います。
日本でも一億総中流時代はとうに過ぎて格差社会がかなり深刻になりつつありますね。アメリカのいつか来た道です。
インターネットデバイドが後押しをしてこの格差社会はもう目も当てられないくらいに広がってきています。
2016年1月の時点で
「世界ではわずか62人の富豪が、世界の最貧層35億人分と同じだけの富を所有している」
と言われていたはずが、1年後の2017年1月には
「世界で最も裕福なお金持ち8人の総資産が、世界の最貧層36億人分と同じだけの富を所有している」
に1年で変わったのです。来年1月には更に驚きの事実が発表されるでしょうね。
価値観のシフト
結局のところ、このような格差社会が起こる要因は
「際限のない人の欲望」
以外のなんでもありません。人の欲望には切りがありませんから、持てるものはもっともっとと持ち続けますし、行き着くところまで格差は広がり続けるのだろうと思います。
もちろん欲が全て悪いと言っているのではなく、健全な競争は文明の発展には必要だろうと思います。けれどもお互いに蹴落とし合う競争はやはり何か違います。
マルクスは資本論の一部の最後で
「資本主義の下に起こる格差社会の果てには、労働者の革命により資本家たちの財産を全て労働者のものにする」
という趣旨の括りを語っています。
それが本当に実現するかは誰にも分かりませんが、少なくとも大きな価値観のシフトが起こるのは間違いないように思います。
経済格差の時代から、人の本性に目を向けた社会が現れてくると思うのです。
富が社会に還元される世への貢献を
そうすると、アメリカ不動産業界に生きる私(佐藤)にはどんな社会貢献が出来るかと考えると
「自分の不動産仲介業を通して全うに生きる資産家を支援すること」
としか今のところ答えが出ません。
つまり、格差社会の流れは資本主義の必然ですが肝心なのは「人」ですから、その富を持つ人が富めるものの責任として富の還元を意識している人かどうか。せめてそんな価値観をもつ人の健全な資産運用を援助していきたいのです。
実は結構真剣にそう考えており、明らかに自分のことしか考えていないような我欲の強い人からの依頼は一切引き受けていません。
自己中心的な人はちょっとやりとりをすればすぐに分かりますし、いくら報酬を積まれようが利己主義の人の富を増やす支援はまっぴらごめんなのです。
そういう私(佐藤)は社会に還元しているのか?といわれると、私は自分の収入のかなりの割合を妻と二人で寄付しています。自分たちが継続的にやっているからこそ上記のように言い切れるのです。
何ら善人ぶるつもりもありませんが、冒頭に書いたような子供を見る度に歯がゆい想いがしますし、少しでも人様の富がより社会を良くする方向に使われるように微力ながら支援していきたいと思うのです。
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