こんにちは。アメリカで不動産エージェント兼コンサルタントとして働く佐藤です。
最近のアメリカ不動産市場では、洪水リスクが売れ行きを左右する新たな要素として注目を集めているようです。
10年前までは「学区」や「通勤距離」が最優先だった買い手の関心が、今では「その家がどのくらい水に強いか」という現実的な問いへと移りつつあります。
きっかけとなったのは、9月30日の連邦政府の一時閉鎖による「全米洪水保険プログラム(NFIP)」の停止です。
この保険が止まったことで、全米でおよそ500万戸の住宅の保険が失われ、1日あたり1300件もの取引が宙に浮いたといわれています。
特に洪水指定区域内で保険加入が義務づけられている住宅では、契約そのものが成立しない事態も起きました。
こうした混乱の中で改めて浮かび上がったのは、「洪水リスクが住宅価格や販売速度に与える影響」です。
リスクの少ない地域の家ほど値上がりが早く、売れるスピードも速い。
リスクの高いエリアでは、逆に値上がりが鈍化している。
この差が特に顕著に現れているのが、フロリダ州マイアミとタンパです。
Realtor.comの分析によると、過去10年間で低リスク地域の住宅は高リスク地域よりも高い価格上昇率を示し、2022年以降はその差が一気に広がっているとのこと。
背景には、同期間中にフロリダ州で発生した「10億ドル級の自然災害」が23件にも上り、1980年以降の災害の約4割を占めるという現実があります。
要するに、災害リスクそのものが市場の「スピード」と「価格」を二極化させているのです。
とはいえ、高級住宅市場だけは別の動きを見せています。
富裕層の買い手は水辺の家を依然として好む一方で、FEMA(連邦緊急事態管理庁)の基準を超える高台に建てられた住宅を選ぶ傾向が強いもの。
つまり「危険を避ける」のではなく、「危険に備えた家を選ぶ」ことで、需要は自然にシフトしているというわけです。
こうした動きは、テクノロジーの発展によってさらに加速しています。
Flood Factorや新しいFEMAマップのようなツールを使えば、スマートフォンで家の標高や排水状態、近隣とのリスク差まで一瞬で比較できるようになりました。
データの「民主化」が進むことで、買い手は「その家が何メートルの高さにあるか」を知ったうえで、未対策の物件には低いオファーを提示するようになっています。
この変化を特に敏感に察知しているのが、若い世代です。
Z世代の約3割が「保険や気候リスクを理由に購入エリアを完全に見直した」と答えており、これはベビーブーマー世代の5倍以上の割合にあたります。
今後10年で洪水リスクを理解し、行動に移す買い手が全体の半数を超えると予測する動きも。
ただし、その一方で新たな課題も浮かび上がっています。
それが「保険スパイラル」と呼ばれる問題です。
全米の住宅所有者の47%が保険更新に苦労しており、42%がすでに保険料の値上げを経験しています。
58%はもし保険料がこれ以上上がれば「保険をやめる」とすら答えています。
ローンに洪水保険が必須となる物件では今回の政府閉鎖中、契約そのものが「ディールブレーカー(取引破断要因)」になりました。
民間の洪水保険もありますが、一般家庭には手が届かない高額なものが多く、結果的に市場の二極化を助長していることになります。
その一方で高所得層はこれらのリスクをコストとして吸収し、むしろ「適切な保険と耐水設計がある家は価値が高い」と判断しています。
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かくして、市場の分断はすでに現実のものとなりつつあります。
では、一般の売り手や買い手はどうすべきでしょうか。
売り手にできることはまず「情報公開」です。
販売前に標高証明書(Elevation Certificate)を取得し、購入希望者に提示することで、家の安全性を数値で示すことができます。
加えて排水勾配を整える、雨樋を掃除する、屋根や外壁の防水を見直すなど、小さな改善でも安心感を与えることができます。
買い手にとっては、「見学前に調べる」時代が到来しています。
Flood FactorやFEMAの地図を使い、自分が検討している家がどのゾーンに位置しているのか、過去の洪水履歴があるのかを確認するのが基本です。
また融資を受ける際には、金融機関が洪水保険を条件としているかどうかを早めに確認することが大切です。
上昇し続ける保険料を「年間維持費」として購入価格に組み込んで考えること。
もはや洪水リスクは「例外的なコスト」ではなく、「所有コストの一部」になったといえます。
そしてこれからの不動産市場で最も価値を持つのは、「標高」と「情報」です。
どれだけ美しい外観や立地条件を持つ家でも、水害への備えと透明な情報がなければ、売れるスピードも価格も劣っていく時代。
逆に言えば、データと対策をきちんと示せる家こそが、真に「価値ある不動産」として選ばれる時代が始まっているのかもしれません。
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