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こんにちは。アメリカで不動産エージェント兼コンサルタントとして働く佐藤です。
日本で古い商店街を歩いていると、店先に一枚の布が掛かっているのに気づくことがあります。
藍に染め抜かれた屋号、油で少し色のあせた木綿。
あの「暖簾(のれん)」です。
もとは日よけや埃よけ、あるいは店の中を隠すためのただの一枚の布でした。
ところがこの布は、いつのまにか布以上のものを背負うようになります。
「あの暖簾の店なら間違いない」と言われるとき、人が信じているのは布そのものではなく、その奥で何十年も積み上げられてきた仕事のほうなのです。
布が、値打ちに変わるまで
面白いのは、暖簾には値札がつかないということです。
木綿の布として売れば、おそらく数百円の値打ちしかありません。
けれども老舗が代替わりするとき、新しい主人が一番大事に受け継ぐのは店の建物でも道具でもなく、この一枚の布のほうだったりします。
「暖簾を継ぐ」「暖簾を分ける」「暖簾に傷がつく」。
布の話をしているはずなのに、語られているのはいつも目には見えない「信用」という値打ちです。
そしてこの値打ちは、一日では決して立ち上がりません。
良い品を出し、約束を守り、都合の悪いことほど正直に伝える。
そんな地味な一日を気の遠くなるほど積み重ねた先に、ようやく布はうっすらと値打ちをまとい始めます。
逆に、その値打ちが崩れるのは一瞬です。
たった一度の不誠実で、何十年分の藍がすっと褪せてしまう。
暖簾とは、ずいぶん割に合わない資産だと言えるのかもしれません。
ご多分に漏れず、この感覚は商いの数字の世界にもそのまま持ち込まれています。
会社を買収するとき、帳簿に載った資産の合計よりも高い値段が支払われることがあります。
その差額を、会計の世界ではそのまま「のれん(Goodwill・営業権)」と呼ぶのです。
建物や在庫のように手で触れられるわけではないのに、たしかに値打ちとして勘定される。
布の話と買収の話と、まったく違う場所にいるはずの二つが「のれん」という同じ一語でつながっているのは、考えてみると不思議なことです。
とどのつまり、人は昔から「目に見えない信用にも、ちゃんと値段がつく」ことを知っていたのだと思います。
。。。
このことは私たちの仕事にも静かに、けれども重く効いてきます。
日本にお住まいの方が、一度も足を運んだことのないアメリカの一軒の家を買おうとする。
そこには、国内の取引にはない独特の心細さがあります。
現地を自分の目で確かめられず、契約書は英語で、相手の顔も見えない。
あらゆる手続きを海の向こうの誰かに委ねるほかありません。
そうすると、お客様が本当に値踏みしているのは物件の価格や利回りだけではないのだと気づかされます。
「この人(会社)に、自分の大きな資産を預けてしまって本当に大丈夫か」という、目に見えない一点を、いちばん慎重に量っておられるのです。
言ってみれば、家の値段の裏側でもう一つ「暖簾」の値踏みが静かに進んでいる。
そしてその暖簾はこちらが「信用してください」と口で言ったところで、一ミリも立ち上がってはくれません。
都合の良い数字だけでなく、買ってからかかる費用やその土地の弱みまで先にお伝えする。
契約を急がせず、ご納得のいくまで同じ説明を繰り返す。
そうした、その場では何の見返りもない地味な一日を積み重ねた先にようやくうっすらと藍がのってくるのだと思います。
建物はいつか古び、相場は上がり下がりを繰り返します。
けれども、海を越えてやり取りした記憶の中に残る「あの人になら、また任せられる」という一行こそ、値札のつかない、いちばん長持ちする資産なのかもしれません。
派手な売り文句で布を大きく見せようとするより、奥の仕事を一日ずつ正直に積み上げていく。
少しずつ藍の濃くなる暖簾をこれからも静かに育てていきたいように思います。
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