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こんにちは。アメリカで不動産エージェント兼コンサルタントとして働く佐藤です。
アメリカの住宅市場を眺めていると、「売り物件が足りない」という話がもう何年も繰り返し語られてきました。
金利のせい、建設の遅れのせい、と理由はいくつも挙がります。
けれども最近、もうひとつの「見えにくい原因」に光が当たり始めています。
それは、家を売ると重い税金がかかってしまうので、「だったら売らずに住み続けよう」と考える人が増えているという話です。
今日は、この「売りたくても売れない」仕組みの正体を1997年という少し古い年号までさかのぼってほどいてみましょう。
話の中心にあるのは、居住用財産の譲渡益非課税枠(Capital Gains Exclusion・自宅売却益の非課税枠)と呼ばれる制度です。
アメリカでは自分が住んでいた家を売って利益が出たとき、独身なら25万ドル、夫婦なら50万ドルまではその利益に税金がかからない仕組みになっています。
この枠が決められたのは1997年のことでした。
当時の全米の住宅価格の中央値はおよそ12万7千ドルだったといわれています。
つまり、ほとんどの売主にとって50万ドルという枠は「使い切ることなど考えられないほど大きな数字」だったわけです。
ところが、それから30年近くが経ちました。
直近の住宅価格の中央値は、月によっては42万9千ドルという過去最高の水準に届いています。
家の値段はおよそ3倍以上になったのに、非課税枠の25万ドル・50万ドルという数字だけは、1997年のまま一度も見直されていないのです。
そうすると何が起きるか。
長く同じ家に住み、住宅ローンも返し終え、しかも価格が大きく上がった人ほど、いざ売ろうとすると非課税枠を超えた利益に税金がかかってしまいます。
古くからの持ち家であればあるほど、売却益が膨らみ、税の負担も重くなる。
「長く大切に住んできたこと」が、そのまま「売りにくさ」に変わってしまうのです。
その結果として広がっているのが、ロックイン効果(Lock-in Effect・住み続けることで市場に動きが生まれなくなる現象)と呼ばれる状態です。
ある調査では、この税負担を理由に売却をためらっている持ち家が、全米で1,310万世帯にのぼると試算されています。
本来なら市場に出てくるはずの家が、税金という見えない扉の内側にしまい込まれているわけです。
売り物件が出てこなければ当然、買い手の選択肢も狭まります。
少ない物件を多くの人が奪い合えば、価格はなかなか下がりません。
金利の高さばかりが語られがちですが、その裏側で「税の物差しの古さ」もまた、静かに在庫を絞り続けてきたのです。
こうした行き詰まりを受けて、ワシントンでもようやく見直しの動きが出てきました。
議会では超党派で「More Homes on the Market Act(より多くの住宅を市場へ法案)」が提出され、非課税枠を独身50万ドル・夫婦100万ドルへと倍増させ、さらに今後は物価に合わせて毎年調整していく案が議論されています。
これとは別に自宅売却益への連邦税そのものをなくしてしまおうという、より思い切った提案も持ち上がっています。
全米リアルター協会(NAR・全米リアルター協会)も、こうした見直しを後押しする姿勢を示してきました。
もっとも、こうした法案がいつどんな形で実現するのかは、まだ誰にも見通せません。
けれども「売り物件が足りない」という長年の課題の根っこに、金利だけでなく税制の設計そのものがあると政治の側が認め始めたこと自体は市場にとって小さくない変化だと思います。
ちなみに、この非課税枠はあくまで「自分が住んでいる家(Primary Residence・主たる居住用住宅)」を売ったときの制度であり、賃貸に出している投資用物件には基本的に当てはまりません。
そこで、ここでは「自分が直接得をする話」というより、アメリカの売り物件がなぜ増えにくいのか、その地下水脈を理解するための手がかりとして受け止めていただくのがよいように思います。
市場の表面に見える金利や価格の数字はこうした制度の設計や人々の心理と、見えないところでつながっています。
なぜ在庫が動かないのかを一段深く知っておくことは、買うときも売るときも、相場の温度を読み違えないための土台になります。
古い物差しがいつ新しくなるのか、その行方を一緒に見守りながらその時々の市場とていねいに向き合っていきましょう。
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